第4回日本ホラー小説大賞受賞作 著:貴志祐介「黒い家」紹介&感想
ジャンル | 殺人事件 |
テーマ | 保険金 自殺 サイコパス 人間らしさ 心理学 性善説 思い込み 先入観 モラル |
あらすじ
主人公は生命保険会社で保険金の査定業務を担当する若槻。
ある日「自殺でも保険金はおりるのか?」という自殺を匂わせる匿名の電話がかかってくる。
自身の兄が自殺してしまった経験から若槻は自殺を思いとどまるよう小さなお節介を焼いた。
しかしこの小さなお節介がきっかけとなり、若槻はとんでもないサイコパスに目を付けられることになってしまう・・・
感想
この作品は映画化もされているのですがNETFLIXにはなく、Amazon Primeビデオではレンタル324円かかるので、図書館で原作を借りて読んでみることにしました。
犯人の異常性を窺わせる描写が上手くて面白かったです。
特にゾクッとしたのは無言の留守番メッセージが30件入っているシーンですね。
個人情報が漏れることの怖さを再認識しました。
巻末の総評にも書かれていましたがディテールの描写もすごく詳細です。
保険会社の内情はもちろん、主人公の若槻が学生時代に昆虫学を専攻していたことから様々な昆虫の生態になぞらえた比喩表現が出てきますし、心理学に関する知識もたくさん出てきます。
これが物語にリアリティや説得力を与えているように感じられました。
ただこの詳細な描写が冗長に感じられることもあり、例えば主人公とその彼女である恵が性善説に関して口論しているシーンや主人公と犯罪心理学の専門家:金石が話しているシーンは物語の本筋から逸れるので「ちょっとお話が長いよ~」と思ってしまいました。
ピックアップ
ここからは読んでいて印象に残った部分をピックアップしていきます。
面白い表現
葛西の底抜けに明るいテノールが部屋中に響きわたった。
「黒い家」P.7より抜粋
そうね。きっともう、お肉は霜降り、肝臓はフォアグラよ。
「黒い家」P.46より抜粋
テノールとか霜降りとかの表現が面白いですね。
この辺は流石小説家って感じがします。
最近のマンガやアニメの主人公はサイコパス?
正義や道徳を口にすることは、ダサいと嘲笑され、他人を平気で傷つけるようなサイコパス的な価値観が、クールだとかかっこいいとか言ってもてはやされます。
たとえば・・・そうですねぇ、今の漫画やアニメの主人公なんかは、私の目からは、どう見ても半分くらいはサイコパスとしか思えません。昔はもうちょっと人間味があったと思うんですがねぇ。
今だと、相手が悪人だとなれば、善良なはずの主人公が、ためらいも見せずに殺してしまうでしょう?
「黒い家」P.207より抜粋
クールとかカッコイイといった感じでもてはやされてはいないと思いますが、SNSによる誹謗中傷は酷い有様ですね😰
あと確かに昔のアニメの主人公は「撃てませぇん!」みたいなキャラクターが多かったような気もする。
でも当時から既に「なにを甘っちょろいこと言うとんねん!はよ撃てや!」って感じで叩かれてたような気もします。
やらなきゃこっちがやられるので、最近では「判断が遅い!👺」ですからね(笑)
結局のところ現代人に正義や道徳なんて言ってる心の余裕がなくなってしまったということではないでしょうか?
「衣食足りて礼節を知る」というやつです。
昔の日本人はこれを良く分かっていたから一億総中流社会を目指した。
ところがこの精神を忘れてしまい、資本主義社会のシステム的欠陥によって貧富の格差が拡大し、富める者がさらに富み、中流だった人々が尽(ことごと)く貧しくなったことで、日本人から心の余裕がなくなってしまったのでは?
今こそノブレス・オブリージュの精神で富の再分配が必要なのではないでしょうか?
※ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)とは、直訳すると「高貴な者が果たすべき義務」という意味のフランス語で、「持つ者が持たざる者に施すべきである」というフランス貴族の価値観のことです。
【参考】資本主義社会のシステム的欠陥について(目次6)
ペシミズム(悲観主義)
問題は、あの人たちが共通して持っている病的なペシミズムなの。
人生や世界に対して抱いている、底知れぬ絶望よ。
彼らは、自分たちの見るものすべてに、その暗い絶望を投影するの。
人間の善意や向上心が世の中を良くするなんていう可能性は、決して認めようとはしないのよ。~中略~
だから、世の中のあらゆる存在、あらゆる出来事が、彼らには必要以上に悪意に満ちて感じられるはずだわ。
だから、自分たちを守るために、彼らは巧妙なトリックを使うようになるの。
裏切られても傷つかないですむように、何に対しても心の絆を結んだり愛着を持ったりはしない。
そして、自分たちの存在を脅かすものに邪悪のレッテルを張って、いざとなったら心を痛めることなしに排除できるようにしておくのよ。
社会に本当に大きな害毒を流しているのは、わかりやすい人格障害を持った人よりも、むしろ、そうした一見普通の人間なんだと思うわ。若槻は自分の冷酷さを恵に指摘されているような後ろめたさを感じていた。
「黒い家」P.371より抜粋
殺人に対する良心の呵責から自我を守るために、無意識に○○(ネタバレになるので伏せます)を人間のカテゴリーから外そうとしていたのかもしれない。
そうした心的操作を行えば、たしかに、どんな人間でもいとも簡単に殺人者に変貌することができる。
まずペシミズムとは何なのか知らなかったので調べてみました。
簡単に言うと悲観主義のことらしいです。
そして上記の恵の主張には2つ矛盾点があると思います。
①恵自身も悲観主義者に邪悪のレッテルを張っている。
②性善説を唱えるなら悲観主義者も元々はニュートラル、つまり中立的立場だったと言えるのではないか。
悲観主義者は増加傾向にあるでしょうね。
なにせ30年ちかく経済成長が低迷するという不健全な状態が続いていますから・・・
SNSによって貧富の格差の可視化もされていますし、これで楽観主義になれという方が無茶です。
最後の「対象を人間のカテゴリーから外すことで殺人者に変貌できる」という考え方は、後の作品「新世界より」のバケネズミや愧死機構に引き継がれていますね。
【参考】貴志祐介原作のアニメ「新世界より」紹介&感想
以上、「黒い家」を読んだ感想でした。
気になった方はぜひ読んでみて下さい。